プロフィール
住まい:埼玉県
性別 :男
北陸道・近江路02 ― 2018年09月19日 01時32分11秒
■木之本宿ー>柳ケ瀬宿ー>椿市宿ー>中河内宿(なかのかわうち)
道の駅「みずどりステーション」から木之本駅まで車で移動し、駅の駐車場に車を止める。今日、中河内集落から戻るバスは12時22分、14時22分、17時55分なので最悪でも14時ころは中河内に着きたい。途中交通手段がないので、脚力に自信のある人は木之本から一気に今庄まで行ってしまうようだが、峠越の40kmは私には到底無理だ。
●木之本宿ー>柳ケ瀬宿(2018-09-19)
6時木之本駅出発。昨日は木之本宿の半分を見てやめている。数分で昨日のところまで戻れるところ、旧街道を通り過ぎてしまい、意冨布良神社まで進んでしまった。せっかくなのでここで今日の安全を祈願してから旧道に戻る。
木之本宿、馬宿平四郎家跡
木之本宿は牛馬市が開かれてあの山内一豊が購入した馬もここ木之本宿の「牛馬市」で買い求めたのだそうな。馬を購入したのは安土城下という説。
木之本宿を出て高速道路の下を抜けると間もなく長浜市余呉町、旧余呉町になる。いったん国道に合流し、1km位進み下余呉交差点から右に入って緩やかな坂道を中之郷集落に進む。
木之本宿を出て高速道路の下を抜けると間もなく長浜市余呉町、旧余呉町になる。いったん国道に合流し、1km位進み下余呉交差点から右に入って緩やかな坂道を中之郷集落に進む。
長浜市下余呉、中之郷へ
8時50分柳ケ瀬宿到着。本陣家鈴木家は白壁の堂々たる構えの長屋門、明治天皇行在所跡石碑がある。明治11年北陸東海御巡幸の際昼食を食べたという。
柳ケ瀬宿、本陣鈴木家
本陣家を200m位過ぎて右手に、草地の広場があってここに関所があった。
●柳ケ瀬宿ー>椿市(つばい)宿ー>中河内(なかのかわうち)(2018-09-19)
関所跡から200m、柳ケ瀬宿を出るところに倉坂峠と玄蕃尾城につて説明した看板がある。
柳ケ瀬宿、倉坂峠と玄蕃城の説明
看板によるとここから倉坂峠へ経て敦賀に至る道で、織田軍に追い詰められた朝倉義景軍が壊滅的打撃を受けた。また、賤ケ岳の合戦の時、玄蕃尾城は柴田勝家の本陣があり、この柳ケ瀬宿付近に陣を構えたという。
柳ケ瀬宿から先は、一度国道から別れ、高速道路と川の間の草道になるが、戻って国道を椿坂まで進む。途中、先日の台風21号により、数十本もの杉の倒木が見られた。
10時少し前、椿坂集落。ここが椿市宿である。ここは間の宿だったようで特にそれらしいものは残っていない。集落の中ほど右手に八幡神社があり、左側にかなり広い駐車場、バスの折り返し場所になっている。
椿市宿、バス停
椿坂をでて、国道を進む。途中旧国道もあって進もうとしたが、封鎖され入ってはいけないと書いてある。ゆったりした登坂を2km進むと椿坂トンネルがある。このトンネル(長さ:1842m)は2012年に完成したもので新しい。
椿坂トンネル:
車の数は少ないがものの、すごく飛ばすので、時折大型トラックが来ると怖い。11時10分トンネルを出る。だらだらと上りはまだ1km続く。ようやく下りになったところに水場があった。「小峠の冷水」と書いてあり、ドバドバと水が流れているので小休止して冷たい水を頂く。お賽銭を5円。
中河内宿、小峠の冷水:
水場から5分ほどで、左に入る小道があり中河内の集落に進む。集落の中を下って行くと、国道と合流する左手に大きな神社がある。廣峯神社という。社殿は比較的新しく、彫刻が素晴らしい。
神社の前の国道に出るとバス停があって、広場の一角に本陣跡の石碑があった。11時40分、中河内宿到着。
中河内宿、廣峯神社:
12時22分発木之本駅行きバスに乗り、13時15分木之本駅着で戻った。
●小谷城
木之本駅には13時20分ころ到着。昨日木之本駅の観光案内所で、古戦場などの情報を得ていた。賤ケ岳は先日の台風で山頂へのリフトが動いていないというので、小谷城に行くことにした。
小谷城攻め信長軍の陣地、小谷城の正面に位置する虎御前山:
浅井三代の里:
小谷山、小谷城から琵琶湖、竹生嶋展望:
●データ
アルバム:北陸道・近江路一人旅02-->クリック
交通費:車(道の駅、湖北みずとりステーション(泊)、道の駅<->木之本駅、往復:30km)、バス(中河内ー>木之本駅:800円)、
食費など:夕食・朝食、飲料(1500円)、
里程、万歩計:木之本宿ー>柳ケ瀬宿(9・8km:15564歩)、柳ケ瀬宿ー>椿市宿ー>中河内宿(9・9km:16065歩)















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