あああ
プロフィール 住まい:埼玉県 性別 :男

北国街道・善光寺道一人旅04(麻績宿から)2017年08月16日 16時12分06秒



夜の間音をたてて降った雨も、外が明るなると上がって来た。天気予報では降らないようなので、早速聖高原駅まで移動。駅の駐車場に車を置いて7時20分から歩き始める。
宿場の中心に行き、昨日見た2軒ある本陣家をもう一度確認し、聖湖を目指ざす。
●麻績宿->(聖湖)->(桑原宿)->稲荷山宿->追分け道標(2017-08-16)
上の問屋跡:
麻績宿、問屋跡碑

麻績宿は問屋跡、高札場跡、番所跡、道標など標識が良く整備されたありわかりやすい。宿場から10分くらい歩き、国道403号と並行する上り坂、草道を進む。いくつか集落を抜けてから、林の中の山道になり上りもきつくなる。
草 道:
聖湖へ、草道

市野川一里塚跡碑:
市野川一里塚跡碑

このところの毎日の雨で道がぬかるんでいる。靴の中はグシャグシャだ。
今は殆ど誰も通らないであろう旧道を進む。旧道ならではの石碑、茶屋跡、清水跡などが林の中に次々と現われる。
麻績宿を出て1時間45分、森の中を抜け聖湖到着。絵のような景色を見ながら、東家で休憩。湖は、10人くらの人が釣りをしているだてで車も人もいないので全く静寂としている。
聖 湖:
聖湖

湖のところが最も高く標高は970mくらい、猿ケ馬場峠という。ここから千曲市にはいった。国道は湖の周りだけで、旧道は再び林の中でを進む。舗装してある林道をイッキに500m以上下る。クマに注意の看板もある。クマには合わなかったが、ハクビシンか狸のようなものに遭遇。
一瞬木々がきれて千曲市街をのぞむ:
林の中から千曲市方面

火打石一里塚:
火打石一里塚

下りながら、こちら側からの道のりだったらどれ程きつかったろうか、と考えながら1時間30分、ようやく篠ノ井線の線路を過ぎ、11時桑原宿に到着した。
桑原宿は合の宿、本陣跡にはかつての写真があっただけ、今は何も残っていない。しかし、伴月楼(関家)という建物があり、、松代藩の藩士や佐久間象山も訪れたという。
伴月楼:
伴月楼

桑原宿をでると平らな道となる。しかし、日が差してきて暑い、腹も減って疲れもでて来た。日に焼けるので長袖シャツを羽織る。
稲荷山の一里塚跡碑が国道の脇にあった。裏を見ると平成になって建てたもの。
稲荷山一里塚跡碑:
稲荷山一里塚跡碑

11時30分、既に4時間近く歩いている。日差しがきついが適当な休憩場所もない。国道18号の千曲バイパスと合流点をさらに直進する。ようやく家並みが増え稲荷山の市街にはいった。治田町交差点のところに大きな道標がある。この辺りから稲荷山宿か。
道標、左西京街道、右八幡街道:
稲荷山、道標

交差点を左折し北に進む。やっと喫茶店があった。カレーが食べられると書いてあったので早速入る。水を3杯も一気に飲み干す。他に客が誰も来ないので、経営者の老夫婦と食事をしながら1時間近く休憩してしまった。ようやく元気が戻る。
稲荷山宿本陣松本家:
稲荷山宿、本陣松本家

稲荷山宿の本陣松本家は稲荷山郵便局の裏30mにあった。真っ黒で太い柱の冠木門は立派なものだ。主屋は住んでいるようだが、かなり痛々しい。
郵便局のあるところを北に進む。稲荷山宿は古い建物が多く残っている。かつての繁栄の様子を想像させる。
旧呉服商(山舟)蔵:
稲荷山宿、土蔵

善光寺道の終点は、北国街道と合流する追分道標のところである。稲荷山宿を出て畑、田んぼ、リンゴ園の道をひたすら歩く。
追分道標:
篠ノ井宿追分道標

14時ようやく追分道標到着。昨年6月に訪れた場所なので良く覚えている。確かここには宿場は無かったはずなのに、「篠ノ井追分宿」と書いてある。

ここから帰りの篠ノ井駅までは、まだ3km近くある。疲れて足が進まず1時間近くかかってしまった。
朝出発した聖高原駅まで列車で戻る。途中の、篠ノ井線姥捨駅に停車。列車交換の間、駅に降りて写真を撮る人も大勢いる。日本3大車窓の一つだとか。なるほど景色は良い。
姨捨駅、車窓:
JR篠ノ井線姨捨駅、車窓、千曲市

今日で、善光寺道、洗馬宿から篠ノ井追分けを歩き終わった。

●データ
アルバム:国街道・善光寺道一人旅04<--クリック
交通費:車(道の駅さかい(泊)、<->聖高原駅:20km)、電車(篠ノ井駅ー>聖高原駅:410円)、風呂(千年の湯:410円)、
食費など:夕食・朝食、飲料(2200円)、
里程、万歩計:麻績宿ー>聖湖->桑原宿->稲荷山宿(12.2km:20807歩)、稲荷山宿->追分道標ー>篠ノ井駅(5.6km:9606歩)

北国街道・善光寺道一人旅03(西条駅から)2017年08月15日 10時06分12秒



今年の夏は変だ。台風5号が過ぎ、37℃の日が1日あったがその後はほとんど毎日といってよいほど雨が降る。夏の一人旅は暑くて厳しいので止めていたんだが、毎日曇り雨の予報なので急きょ出かけることにした。
家を7時過ぎ出発、上田から国道143号を通って3時過ぎて西条駅駐車場着。駅に着くと小雨模様。
●JR篠ノ井線西条駅(西条宿)->青柳宿->麻績宿(2017-08-15)
様子を見ていると間もなく雨が上がって来たので、カッパを着て3時30分出発。駅前から国道に出て100mほどで旧道を進む。西条は間の宿で茶屋本陣がある。

西条宿茶屋本陣:
西条宿茶屋本陣

雨が上がって蒸し暑くなってきた。JR篠ノ井線の踏切を渡り、坂北村坂北地区、右側に白壁の屋敷のある山清酒造がある。
16時20分右側大きく曲がる角にに青柳宿の案内板があった。ここから宿場が始まる。家々にそれぞれの屋号を掲げてある。

青柳宿の様子:

屋号:
家々に屋号

道は緩やかな上り、通常道路の端にある水路が石垣の下を流れている。石垣用水路と呼ぶそうだ。

石垣用水路:
青柳宿、石垣用水

青柳宿本陣:
青柳宿本陣

青柳宿を出て山道を行くと、高速道路の手前に大切通し、小切通しというところがある。いづれも岩を手作業で、歩きやすく掘削したものだ。

大切通:
大切通しt

高速道路の下を抜け坂をさらに下る。程なく篠ノ井線があり、国道に出る、17時5分。ここからしばらく国道を進む。
道路わきの斜面の藪に隠れるようにして、下井堀一里塚跡碑があった。その先に、木曽義仲の馬が笹を一口食べて元気きなったという、一口坂の碑があった。その先斜面を斜めに上る旧道がある。藪が酷く、雨で草木がぬれているので国道を進む。
300mくらい行ったら旧道に戻る道が在ったので左折。木曽義仲にまつわる言い伝えのガッタリというところを過ぎて、17時40分麻績宿に入った。
麻績宿:
麻績宿碑

麻績宿の街並み:
麻績宿の街並み

麻績宿は脇本陣がなく、本陣が2つある。孫右衛門家は「麻績塾」の看板がある。もともとは忠兵衛家が本陣であったという。幕末に本陣をめぐる紛争があり、有力な旅籠であった瀬戸屋(孫右衛門)も本陣を名乗るようになったと瀬戸屋前の看板に書いてあった。

本陣臼井孫右衛門家:
本陣、臼井孫右衛門家

本陣臼井忠兵衛家:
本陣、臼井忠兵衛家

天気が曇っているので薄暗くなっってきた。本陣から500mくらい歩いて聖高原駅に着いた時には6時を回っていた。駅に着くと少し前に電車が出てしまったばかり。1時間待って、7時6分松本行きで西条駅に戻った。
今夜は近くの道の駅「さかきた」に泊まる。

●データ
アルバム:北国街道・善光寺道一人旅03<--クリック
交通費:車(家->JR西条:210km)、電車(聖高原ー>西条駅:200円)、食費など:夕食・朝食、飲料(1000円)、
里程、万歩計:西条駅ー>青柳宿->麻績宿(8.2km:14132歩)

北国街道・善光寺道一人旅02(松本市美須々から、岡田宿)2017年05月29日 14時01分53秒


今日は峠を3つ越さなければならない、そして最低でも西条駅までは行きたい。幸い今日もいい天気、昨夜は道の駅今井、恵のさとで1泊した。駐車場は松本市総合体育館の駐車場。

●松本市美須々->岡田宿->刈谷原宿(2017-05-28)
5時15分、駐車場から護国神社前を通り追分交差点から出発。緩やかな登り道を岡田宿に向かう。今日は峠越えになるので、クマ除けのために鈴、ラジオ、杖を持参する。
松本市、岡田、北アルプス:
北アルプス
岡田宿、築100年の天蚕室造りの家:
岡田宿、築100年の蚕室造りの家

5時45分、岡田宿本陣前着。本陣跡の隣に巨大な蚕室造りの家がある。
岡田宿、道祖神、道標:
岡田宿、岡田口番所跡、道祖神、道標(左 せんくう王し道)
岡田宿を出るところに枡形があり2度鉤の手に曲がる。そこには岡田番所跡碑、道祖神、道標(左 せんくう王し道)(右 江戸海道)がある。海道の字を使うのは古い書き方で、正徳6年(1715年)以前のものだという。松本から上田に行く国道254号を横切ると、民家もまばらになり徐々に高度を上げる。
刈谷原峠へ、ゲート:
ゲート
馬飼峠との分岐を過ぎると完全に山道、動物を入れないためのゲートがある。このあたりから鈴やラジオをつける。
刈谷原峠への草道、フジ:
フジの花

7時10分、上り始めてから1時間で刈谷峠に着いた。峠の下り道で少し間違った。道標を確認し、踏跡のしっかりした方に進んだつもりだったが間違った。もう少しはっきりしてほしい。
刈谷原峠の下り、アカシヤ:
刈谷原、アカシア

峠から刈谷原宿に下る山道、甘くいい匂いが漂う。20cmほどの房をした白い花をつけている、トゲがあるのでアカシヤのようだ
刈谷原宿:
刈谷原、刈谷原宿
刈谷原宿、本陣中澤家:
刈谷原宿、本陣中澤家
どんどん坂道を下って8時刈谷原宿に入った。全く幹線道路から外れているので車は通らない。白い塀の大きな屋敷家、本陣中沢家と思う家があった。庭の大きな老松が枯れかけて、住人もいないようでかなり痛んでいる。

●刈谷原宿->会田宿->JR西条駅(2017-05-29)
会田宿への道:
四賀、反町、県道302号

刈谷原宿から会田宿までは平坦な5kmを進む。しかし、峠の下りで越を痛めたようであまり調子が良くない。
会田宿、公園:
松本市、四賀、会田、公園

9時30分、四賀支所前の交差点、会田宿と書いた木製の常夜灯のところに着いた。途中道端で休憩をしながら約5kmを1時間30分かかって到着。
会田宿:
四賀、会田宿、会田大橋

腰の調子が良くないので公園で25分ほど休憩し、先ほどの交差点に戻って会田宿に進む。100mくらい先の会田大橋を渡ると会田宿である。会田宿は家々に屋号をつけて宿場の雰囲気を醸し出している。
会田宿:
四賀、会田宿、
会田宿、本陣跡:
四賀、会田宿、本陣跡碑
本陣跡の残る通りを進んで、ガソリンスタンドの50m先を右に直角に曲り、今日2番目の立峠を目指す。徐々に高度を上げ会田宿が遠ざかる。右手に茅葺の長屋門の家が出てくる。
立峠へ向かう、長屋門:
四賀、松澤家長屋門
越の調子が良くなく、舗装された坂道をゆっくり進む。そのまま徐々に高度を上げる。道は比較的広く、左右に大きく九十九折れになっていてる。いくら進んでも峠に到達しない。なんか変だと思いながらも、疲れもピークに達してきた。百メートルも進んでは休憩をしないと進めなくなった。どうやら立峠への道を間違ったらしい。花川原峠の林道を歩いていたようだ。
花川原峠:
四賀、花川原峠
本来の立峠の道より数キロ遠回りをしたようだ。立峠に向かっていたら坂はもっともっとキツイはずなのでこちらで良かったのかもしてないが。いずれにしてもやっと峠に到達した。
越の調子は下りに入っても良くない、下りの衝撃がもろに腰にかかりやっと乱橋集落に到達。
間の宿、乱橋宿:
乱橋、乱橋宿(間の宿)
コミュニティバスの停留所で長期休憩ととる。休憩しているところにバスが来た、時間が十分あるので休み休みでも西条駅まで行くつもりなので断る。今日最後の中の峠に向かった。
JR篠ノ井線、西条駅:
筑北村、西条駅

13時30分、西条駅が見えてきた。ようやく13時40分駅到着。腰の調子がこれほど悪くなければ後4kmなので一つ先の青柳宿まで十分いけたがここで断念。次の電車を1時間以上待って松本駅まで、さらにバスで松本市総合体育館の車まで戻った。

●データ
アルバム:北国街道・善光寺道一人旅02<--クリック
交通費:車(道の駅今井(泊)、道の駅今井->松本市美須々:30km、松本市美須々ー>松本市お城:30km、松本市ー>家:210km)、電車(西条駅ー>松本駅:410円)、バス(松本駅->追分:200円)、風呂(山形村:350円)、
食費など:夕食・朝食、飲料(2500円)、みやげ(道の駅、青木:ジャム1070円)
里程、万歩計:美須々ー>岡田宿->刈谷原宿(9.0km:12703歩)、刈谷原宿->会田宿ー>乱橋宿ー>西条駅(8.8km+5.5km:22488歩)、立峠に向かうべきところを間違って花川原峠に行ってしまう

北国街道・善光寺道一人旅01(洗馬宿から)2017年05月28日 13時46分43秒

■洗馬宿-->郷原宿-->村井宿-->松本宿
今回から北国街道・善光寺道を歩く、中山道洗馬宿から北に向かい松本市を通って旧篠ノ井市の追分まで歩く。北国西街道とか善光寺道ということもある。
善光寺道は京、伊勢から江戸に戻る旅人が善光寺にお参りしてから江戸に帰るときに利用された。芭蕉の更科紀行もこのルートである。
善光寺道には険しい峠越えがあり、出発点に戻る交通手段も限られるので事前の準備を慎重に行った。

●洗馬宿->郷原(ごうばら)宿->村井宿(2017-05-28)
早朝5時15分出発、碓氷峠、和田峠、下諏訪、塩尻峠を通って11時洗馬駅着。2012年11月と同様、駅前に車を置いて中山道に出る。塩尻方面に少し戻り追分から左に入って郷原宿に向かう。
洗馬宿、分かされ:
中山道と善光寺道の分かされ
いい天気の中ゆっくりと松本に向かって進む。道の左右にブドウ畑が多くある。この辺りのブドウはワイン用でワイナリーも多い。
12時15分、郷原宿到着。街道右手に本陣赤羽家、屋号は山城屋で上の問屋を兼ね、今は郵便局になっている。その先の左手に屋号は俵屋で下の問屋、明治天皇巡幸碑、郷原の古井戸説明がある。いずれもこの地方独特の屋根飾りを持った堂々たる構えの家である。
郷原宿、本陣:
本陣、上の問屋山城屋
郷原宿、下の問屋:
下の問屋、俵屋

ほぼ一直線の道を北に進む。塩尻市広丘、塩尻市に行く追分に道標「右 京 いせ きそ道」、「左 東京 いな すわ 道」がある。近くに一里塚があるはずなので、それを探して街道を100mはずれる。
広丘の道標:
「右 京 いせ きそ道」、「左 東京 いな すわ 道」


街道から左に進んで津島神社の境内にある原新田の一里塚を見つける。
旧街道はJR篠ノ井線を渡り国道19号に合流、1kmほど先の長野自動車道の下を抜けて下吉田交差点で松本市に入る。ここから旧街道は直進の静かな街並みが続く。少し進んで左側に神明宮があり、境内に「村井番所跡」碑や高札場がある。村井宿に入った。
村井宿、脇本陣:
村井宿、脇本陣(山村医院)
村井宿、本陣:
村井宿、本陣(大和屋酒店、笹の誉)

郷原宿、村井宿とも宿場の景観を良く残している。建物も屋敷も堂々とし良く手入れされている。旧道歩きで沢山の宿場を見てきたが、保存状態が良く是非訪れてほしいところのの一つである。

●村井宿->松本宿->松本市護国神社(2017-05-28)
14時40分、村井宿を過ぎて国道19号に合流し、松本市平田南交差点の日野自動車販売の辺りに来た。付近に一里塚があるはずだなのだが、国道が拡幅され移転したのか、何度も確かめながら探したが見つけられず。
その先のユニクロで国道19号は左に進む。旧道は直進で南松本駅前の線路脇へ進む。
味噌や:
丸正、味噌や

ガイドブックでは味噌やさんの前を通るはずなのに、どうやら裏側のようだ。しかも道幅も広い。旧道はさらに1本東側のようだ。出川町交差点で旧道に戻して田中家の前を通る。豪邸だ。
田中家:
大庄屋、田中家
田中家:
田中家、「明治天皇信楽御小休止」碑

旧道はヤマダ電機の脇を左まわりし豊田橋を渡る。橋の上からは東に美ヶ原の山並み、西にアルプスの山並みが開ける。
城見橋、ここから真北にお城が見えたという。お城までは1km以上ありあって今ではビルがあってお城は全く見えない。
16時5分、松本市本町、松本信用金庫のところが松本宿本陣跡である。

松本宿、本陣跡:
松本宿、本陣跡、松本郵便局発祥の地
松本宿、牛つなぎ石:
松本宿、牛繋ぎ石、「本町 壱丁目」「戦国遺跡塩市 牛つなぎ石」

牛繋ぎ石の先のみずほ銀行の先を右折し、中町通りに進む。観光客がそぞろ歩きで景観を楽しんでいる。蔵の街として保存に力を入れている。
松本宿、中通り:
松本宿、中町通リ
レストラン、ヒカリヤ:
松本市、大手、ヒカリ屋

中町通りを進んで国道143号に出たら左折し、進路を北に進む。この通りにも重厚な土蔵がいくつも残っている。国道を1kmくらい進んで左折、さらに150m進んで安原町交差点で再び北上する。
右側に信州大学の付属中、小、幼稚園が続く。

松本市美須々、長野県護国神社:
長野県護国神社

幼稚園を過ぎて五差路があり、左から2番目の細い道が旧道だ。
旧道はまっすぐ進んで国道143号を横切り、さらに北上し岡田宿に進む。時刻は17時15分、岡田宿まで進むと戻りのバスが限られるので、美須々の交差点に先の護国神社を今日の終点とする。

●データ
アルバム:北国街道・善光寺道一人旅01<--クリック
交通費:車(家->洗馬駅:230km)、洗馬駅->道の駅今井、めぐみの里(泊):30KM))、バス(松本市追分->松本駅:200円)、電車(松本駅ー>洗馬駅:320円)、風呂:(山形村健康福祉センター:350円)、有料道路(新和田トンネル:620円)
食費など:夕食・朝食、飲料(1500円)、
里程、万歩計:洗馬宿->村井宿(11.8km:16331歩)、村井宿->美須々・護国神社(9.1km+2km:15618歩)