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プロフィール 住まい:埼玉県 性別 :男

中山道一人旅28(守山宿から)2014年05月25日 12時01分54秒

■守山宿-->大津宿(追分駅)


今日は今回の最終日、朝から天気が良く歩くには暑くなりそうだ。昨日は彦根城まで行ったので3日目でもあり疲れが残る。予定は大津宿までだが、次回のことを考えるとその先に少しで進めておきたい。
今日はホテルに戻らないので着替えなどの荷物を持って出る。まずJR南彦根駅から昨日の守山駅まで行き、駅のコインロッカーに荷物を預ける。
 
●守山-->草津宿(2014-05-25)
守山駅から10分で今宿町の中山道に一度出る、8時10分。今宿町は昨日行けなかった守山宿を通り過ぎているので後戻りをする。500mほど戻ると本陣跡、や宇野元総理大臣の実家である造り酒屋宇野本家がある。
守山宿、本陣跡

再び今宿町交差点に戻って8時30分。狭い旧中山道、日曜日なのにけっこう車が多く歩き憎い。休日で天気が良い。近所の方が大勢集まって公園の雑草取りや用水路の掃除などをしている光景を何度も見かけた。歴史を感じさせる町名の焔魔堂町辺りを過ぎてようやく車が少なくなった。
旧街道の面影が残る住宅街を進む、大宝公園がある。ここはもう栗東市の綣(へそ)、珍しい地名だ。どんな意味があるのかと思い調べたら「まとわりつく」という意味らしい。古くからこの地名のようだ。公園の一角に芭蕉の句碑がある「へそむらの まだ麦青し 春のくれ  はせを」。ただし、そばにある説明板によると、この句は芭蕉の句としては存疑の部門に入るようなことが書いてあった。
栗東市、へそ(糸+巻)

草津市に入った。並行する新幹線と東海道本線を地下道で渡る。線路と並行に旧道を300m位行くと草津駅前に出る。駅前を過ぎたところから250mくらいアーケードの商店街を歩く。アーケードが終わるとトンネルになる。トンネルを出たところから草津宿。このトンネルの上は道路でなく天井川だそうで、明治時代のトンネル工事の写真もあった。
トンネルの出たところに東海道と中山道の(京都からの)追分の道標があり、「左 中仙道 美のち”  右 東海道 いせみち」と記してある。中山道はここから東海道と一緒になる。この先の道標は全て東海道であった。
草津宿、中山道、東海道の追分道標

草津宿は宿場の保存状態が良い。元脇本陣だったというベーカリー&カフェという店があったので入ってみた。高校生くらいの愛想の無い店員が1人で店番をしている。暑いのでアイスコーヒーでも頼もう思い店の中を見まわしても、そのような雰囲気、売っている様子がない。パンもたいしたものがなく種類もない(ここでは焼いてないのか?)。喉が渇いていたので氷入りの水を2杯お願いし、結局、カレーパンと紙パックのグレープジュースになった。店の外面は結構いい雰囲気だったのに、もう少し旅人が楽しめる志向が欲しい。残念。もっとベーカリ&カフェと言うなら、それらしい店造りにしてほしい。これでは近所の人も暇つぶしにも来てくれない。
 
草津宿、本陣跡碑

 ●草津宿-->大津宿(2014-05-25)
10時30分、草津宿を出て30分程で矢倉南交差点。1年半前の2013年1月、東京日本橋で別れた国道1号線とここで再合流した。中山道は交差点で国道1号線を斜めに渡る。直ぐに「野路一里塚」跡、その先に平清宗(宗盛の子、清盛の孫)塚がある。昨日、大篠原で宗盛父子の胴塚に寄った。清宗はここで斬首され、胴は父親と一緒に大篠原の胴塚に埋められたようだ。たしか平家物語には可哀想におもった義経が、父と子を同じところに生めたというようなことが書いてあったと思う。

近江国庁跡

11時40分大津市一里山、大きな一里塚跡碑が交差点の一角に建っている。暑くて喉も渇き、少し休憩したいと思い、休めるところを探しながら歩いていると、スーパーの大きな看板が目に入った。交差点から100mほど行ってスーパーで小休止。
休憩した後住宅地の中を進むと、旧東街道の看板と一緒に近江国庁跡標識が目に入った。100mだというので早速行ってみることにした。すると住宅地の中としては結構広い草原が広がっている。特に何があるわけではないが、当時の建物や土塀、土台石などの一部を再現したものがある。草は刈り取っていたようだったがゴミが散らかっていたりして残念。ここは国庁跡と確認された全国で最初のところらしいのに。私の実家の直ぐ近くにも下野国庁跡が置かれていた。少し綺麗にして子供達が歴史を勉強したり、歴史好きな旅人なども楽しめるような場所にしてもらいたい。
国庁跡から20分琵琶湖から流れる唯一の川、瀬田川(京都では宇治川、大阪では淀川)に出る。渡る橋は「瀬田の唐橋」、琵琶湖毎日マラソンでもおなじみの場所。古来、瀬田川には橋はこの橋しかなかった。京都を守る要塞でもあり、歴史上幾多の戦乱の舞台になった。
瀬田の唐橋

唐橋を渡り中山道は瀬田川に沿って北上、大津宿へと向う。途中、石山駅では駅舎の2階通路を進む。石山駅を過ぎてからは静かな住宅街を行く、時々建物の間から琵琶湖が見える。嘗ては湖岸を通っていたのが埋め立てて内陸になったのだろうか。
15時15分、古い住宅街、静かな狭い通りを歩いていると突然大きな通りに出くわす。左を向くと滋賀県庁、この辺りから大津宿になる。中山道はさらに大きな通りを横切って直進する。今度は路面電車の軌道がある大きな道路、京町1丁目交差点に出る。この少し手前にロシア皇太子が暴漢に襲われた大津事件碑があった。
大津事件跡碑

京町1丁目の交差点の辺りは札の辻という地名になっている。高札場が在り宿場の中心地として賑わったという。今は電車が通るような広い通りになってしまい宿場の面影はしない。100m位先にひっそりと本陣跡碑があった。

大津宿、本陣跡碑

ここまでで今日の予定のところに到着した。が、次回のことを考慮しもう少し歩を進める。1km位行き、昨日草津市南矢倉で斜めに横切った国道1号線に合流。昨日より更に交通量が激しくなってきた。合流地点辺りから緩やかな上り坂になり、逢坂という所にきた。頂上附近にには平安期三関のひとつ逢坂の関跡があった。
逢坂の関の近くにある京阪電鉄大谷駅から守山駅に戻ろうと考えていた。何気なく歩いていて、駅への入り口をを見逃してしまい国道まで出てしまった。戻るのも面倒なので1駅先の追分駅まで歩いてしまう。16時45分着。

逢坂の関跡碑

追分駅から京阪電鉄石山駅、そこから今朝預けた荷物を取りに守山駅まで行く。再び大津駅に戻り、タブレットで探した銭湯に入る。その後は駅前の居酒屋で夕食、東京駅の夜行バスで帰還。
次回は最終日程、残りは10kmもないので3時間掛からず三条大橋に着ける。女房と一緒に歩くつもり。時期は未定、夏は暑いし秋は予定が色々で、11月ころでないと時間が取れないか。

●データ
アルバム:中山道一人旅28--クリック
交通費:JR(南彦根->守山駅)、京阪電鉄(追分駅->石山駅:240円)、JR(石山駅->守山駅:240円)、JR(守山駅->大津駅:320円)、地下鉄(上野駅->東部動物公園駅:650円)
食糧費など:(ジュース×:130円)、昼食(スーパー、小休止所、350円、400円、300円)、夕食(魚民、2500円)、銭湯(400円)、守山駅コインロッカー(300円)
里程、万歩計:守山宿->草津宿(5.1km:8327歩)、草津宿->大津宿、追分(16km:31443歩)

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