あああ
プロフィール 住まい:埼玉県 性別 :男

北陸道・越前路012019年05月30日 14時02分32秒



■湯尾宿―>鯖波(さばなみ)宿―>脇本宿->今宿ー>武生宿ー>上鯖江宿ー>浅水(あそうず)宿
昨年九月以来の一人旅、晴れると暑くなる梅雨入り前、八カ月ぶりの一人旅を再開する。家を前日の5月29日出発し、長浜市の道の駅「浅井三姉妹の里」に車を止める。明るくなってから前回の終点のJR北陸線湯尾駅まで移動する。今回の予定は、3日間で福井県を縦断し石川県に入る予定だ。

●湯尾宿(湯尾駅)ー>鯖波宿―>脇本宿->今宿ー>武生宿(2019-05-30)
湯尾駅前に車を停め、6時45分出発。駅前から国道に一度出て、高速道路を過ぎて左折しJR北陸本線踏切を渡る。JRと並行して旧北陸道を北上する、7時5分、明治天皇御駐蹕(ひつ:休憩)之處碑のある広場が左手にあり、ここが鯖波宿本陣跡だ。
鯖波宿、本陣跡:
鯖波宿本陣跡
鯖波宿をでて、10分ほど歩くと左側に「鶯の関跡碑」がある。奥の細道にも出てくるらしい。
鶯の関跡碑:
鶯の関跡碑
トイレを借りるためいったん旧道から外れて国道を渡って南越前町役場に行向かう。旧道に戻って500mくらいで舛形があり、少し行くと左側に「明治天皇脇本御小休所」の石碑のある門構えの家がある。その先の門の表札には中山義壽とあった。持参した資料には本陣などの記述がないが恐らくそうだと思う。
脇本宿、中山家:
脇本宿

左側に巨大な「往還一里塚跡」碑がある。すでに越前市に入っていて、北陸新幹線工事のクレーンが何本も立っているのが見える。この辺りから大きな木造の民家が目立つ。どの家々も瓦屋根の2階建て、北陸3県は持ち家率が高く生活が豊かだといわれるがそれを象徴するかのようだ、
こちらの寺は、真宗と浄土真宗がほとんどで、それ以外の宗派は一度も見かけなかった。さらには、関東や信州で沢山見かけた、馬頭観音、庚申塔、二十三夜塔も全く見ない。
一里塚を過ぎ、越前市今宿町に入ると、かつての今宿で旧道の左にきれいな水が流れる用水堀があって、往時を忍ばせる。
今関宿、街並み:
今宿の街並み

どの家々にも玄関のところに、どこかの神社かお寺のお札が掲げてある。北陸のヒチ人の信仰心の厚さをうかがわせる。
国道8号線の下を通って日野大橋のところに往還一里塚跡がある。木の板の説明があって脇に何かを祀った小さなお堂があった。さらに進んで国道138号をくぐると武生市街に入る。「刃物問屋」の看板を掲げた古い商家が左右に何軒もある。いずれも見ごたえのある看板だ。
武生宿、刃物問屋看板:
刃物問屋
武生宿の中心に主要な道路が交差する辻が3つある。札の辻、蔵の辻、卍が辻という。そのうちの一つ卍が辻なるものを見るため路地に入る。それぞれの道が直進し1点で交差するのではなく、真ん中に10m四方くらいの四角い広場があって、その各辺にに沿って道が伸びている。卍の形で4本の道が交差したものだ。
武生宿、卍が辻:
卍が辻
武生宿、卍が辻:
卍が辻

武生は越前国国府のあったところで、そのため府中、総社などゆかりの地名や神社がある。

●武生宿->鯖江宿ー>浅水宿(2019-05-30)
11時30分、白鬼女橋で日野川を渡ると鯖江市に入った。橋を渡ると歴史の道という看板が目に入る。さらに30分ほど進み本町、古町というアーケードの始まる四つ角の左に広場がある。道標、願掛け地蔵がある。この辺りが鯖江蕃の陣屋跡だ。
鯖江宿、陣屋跡:
鯖江蕃、陣屋跡
腹が減ってきた。陣屋跡の100m先国道417号の交差点で、肉屋さんがあり、ワンコインのカツカレー弁当という看板があった。早速入って注文、揚げたてのカツはコロモがカリカリでおいしい。
水落宿場跡碑:
水落宿場跡

鯖江宿を出て水落宿宿跡と書いた大きな石碑のある広場があった。この前で休憩。実はここで今日2度目の失敗をした。一度目は鯖江市に入ってすぐの登録有形文化財の家を覗いたときだった。この水落宿場跡で休憩した後、数百メートル過ぎた神明神社まで来て気づく、再び道程を記録した最も大事な紙を紛失したのだ。これが無いと残りの道のり(距離)がどの程度かかるのか全く分からなくなってしまう。ガックリしたが気を取り直して戻ると、水落宿場跡碑の周りを探すもない。あきらめて再び街道を北上すると、民家の庭先にひらひら紙切れがある。よかった落とした工程表があったのだ。30分ほどロスタイム。
兜山古墳を過ぎ浅水川を渡ると浅水宿だ。
浅水宿、街並み:
浅水宿の街並み

朝六川のたもとに、芭蕉と西行法師の歌碑がある。
朝六橋歌碑:
「越しに来て 富士とはいやん 角原の 文殊がだけの 雪のあけぼの 西行」
「朝六つや 月見の旅の 明けはいなれ 芭蕉」 
歌碑

橋を過ぎて正面に郵便局がある。この辺りに本陣跡碑があるんだが見つからない。郵便局に入って尋ねると、前の道を西に少し行った角にあるという。
浅水宿本陣跡碑:
浅水宿本陣跡碑
本陣跡の先に日吉神社がある。
15時5分、今日はここまでし、神社の脇を通て福井鉄道浅水駅に向かった。
浅水駅から武生駅、JR北陸本線武生駅まで歩き、そこから今朝車を停めた湯尾駅に戻った。今晩の宿泊は、鯖江市の「道の駅西山公園」。

●データ
アルバム:北陸道・越前路一人旅01-->クリック
交通費:(車(家ー>道の駅浅井三姉妹の里:430km、道の駅-->JR湯尾駅:80km、湯尾駅ー>道の駅西山公園:15km)、電車(浅水駅ー>武生駅:370円、武生ー>湯尾駅:240円)
和田トンネル(620円)
食費など:夕食×2、昼、朝食、飲料4300円
里程、万歩計:湯尾宿(湯尾駅)ー>鯖波宿―>脇本宿->今宿ー>武生宿->鯖江宿ー>浅水宿:(27.3km+2.0km(旅程表紛失):40067歩)

北陸道・越前路022019年05月31日 17時20分39秒



■浅水宿(あそうず)ー>福井宿ー>舟橋宿ー>長崎宿ー>金津宿
昨日は快晴で日に焼けないように注意しながら歩いた。今日は曇り空、カサはささなかったが雨がぱらつく時もあった。このような天候の方が歩くにはちょうど良い。北國街道からそれるが北の庄跡、福井城跡も寄ってみた。
昨日も感じたが、福井県はお寺が大きく立派なものが多い、また民家も豪邸が多い、特に越前市、坂井市、福井市にかけて強く感じた。

浅水宿ー>福井宿ー>舟橋宿(2019-05-31)
道の駅西山公園を出て車を浅水駅前の駐車場移動する。6時40分出発、昨日の日吉神社のところの旧道から北に進む。幼稚園の隣に大きな親鸞聖人像と北陸道の石碑がある。7時15分右側の駐車場の脇に新井一里塚跡碑、
新井一里塚跡碑:
新井一里塚跡碑

通勤時間になり狭い道に交通量が増えてきたので注意しながら歩く。この辺りは古くは新井宿があった。柴田勝家、お市の方その子、浅井三姉妹などもここを通ったかななどと思いながら進む。
福井市街地に入り、日赤病院のあたりで旧道を見失う。日赤でトイレ休憩。
日赤を出て、旧道を探しているうちに、片側2車線の大きな通りに出てしまう。道路の向こう側に「世直神社」という大きな石柱が目に入り、その名前に興味がわき行ってみた。特に言われなどを示すものは無かった。
世直神社:
世直神社
木田荒町一里塚跡:
木田一里塚跡碑
ところが、そこには思いがけず木田荒町一里塚の碑もあった。持参した地図資料では載っていたかったので、道に迷わなければ通りすごしていた。
新木田交差点に大きな境内、長慶寺があってここを左に進み旧道に戻る。この付近に木田番所があり、福井宿が始まる。
藤島神社の前を過ぎて旧道は直進する。直進し橋本佐内の墓も見たかった。北の庄跡、福井城跡に行って見たいので泉橋を渡る。北の庄跡はビルに囲まれた中あり想像していたより狭い。城址公園になっていて、発掘した石垣の一部が見られ、柴田神社、資料館などがある。
北の庄城址:
北の庄城址
北の庄城址:
北の庄城址
9時20分、北の庄城址から1kmくらいに福井城があり、福井県庁がある。
天守台が残っている。石垣は福井地震でいたんだそうで、かなり歪んでいる。
福井城、御本城橋:
福井城、御本城橋
天守台に登る:
福井城、天守台に上がる階段

山里口御門、御廊下橋を通りお城をでる。お濠を半周して、北に進むと、お泉水公園に福井市立博物館がある。おトイレ休憩。白壁の長い塀の道は「武家の道」の看板がある。塀の中は福井藩の養浩館である。
更に北上し松本通りに出て右折し東に進んで、昆布屋のある角で北に進むと加賀百万石に備えるための加賀口御門がある。
昆布屋孫兵衛店:
昆布屋孫兵衛

松本通りで一里塚を探して時間をロス、昆布屋にたどり着いてその場所を尋ねると、まだかなり先のようだ。加賀口御門より先だった。
松本小学校の前を進んで、広い通りと交差し1kmくらい北上し二宮郵便局前に出る。旧道は郵便局前から東に進んで、大きなお泉水通りを渡りさらに北陸本線を渡ってから北に進路をとる。
500mくらい進み県道30号福井丸岡線に合流、この辺りは高木町で舟橋宿になる。舟橋は九頭竜川に舟を横に並べ、舟上に板を敷いて渡ったことからきた。
舟橋の由来:
舟橋の由来

舟橋宿ー>長崎宿ー>金津宿(2019-05-31)
11時20分九頭竜川を渡る。橋のたもとに稲多宿場碑、四十八艘記、明治天皇御駐れん碑がある。
説明

橋を渡り右カーブし左手にに病院、そこに稲多一里塚跡碑がある。200mくらい先のスーパーのある交差点で右折し、福井市森田町の旧道を進む。その先春江町から農村田園地域で、田んぼが区画整理されて広い直線道路が交差し、持参した地図と一致せず迷ってしまった。ようやく黄楊(つげ)の堂が確認でき旧道に戻る。ここでも新幹線の工事がまっさかり。
さらに進んで坂井市にはいり、丸岡町横地で五差路の大きな道路に出る。ここから区画整理した田んぼ道を北に直進する。喫茶店があったので、ホットケーキで小休止。
カフェ、HANA:
Cafe HANA

長崎宿まで一直線の広い田んぼ道の中を行く。スポーツセンターでは高校生らしい大きなサッカー大会のようで、何チームも応援団が太鼓や歌で盛り上げていた。
長崎宿:
長崎宿、街並み

長崎宿は通りから取り残され、かつての宿場の雰囲気を落ち着いたただ住まいを残している。またこの辺りから、蓮如道の新しい道標が始まり、この先、金津宿の先、細呂木宿への途中、吉崎道との別れまで10km近く道標が続いてたっていた。数十基あったと思う。長崎宿を出て、1.5キロにわたり丸岡駅近くまでコンクリートの板でふさいだ川の上の道を歩く。
14時20分、予定では丸岡駅を終点に考えていたが、曇りぞらで歩き易いので跡8km先、金津宿(あわら温泉駅)まで行くことにする。
北陸本線の踏切を渡り、更に田んぼの中の直線道路を進むと坂井市上関、道端に古い松の木に脇に振袖地蔵がある。
振袖地蔵:
振袖地蔵
更に田んぼの中を30分ほど直進で坂井市下関、越前国下関一里塚碑がある。実際の一里塚は、区画整理した田んぼの中50mくらい先に残してある
一里塚から1kmほどで15時40分、県道9号芦原丸岡線に合流し、あわら市街にはいる。
本陣跡、あわら市役所:
あわら市役所
金津宿の本陣跡は市役所がある、資料で本陣跡のしるしが在るはずなので敷地の周りをグルリと探したがそれらしいものが見つからない。トイレも借りたいので市役所に入り尋ねた。親切に職員の方数人が対応してくれたが分からなかった。残念。
市役所から芦原温泉駅に行き、JR北陸本線で福井駅、そこから福井電鉄で浅水駅まで戻った。泊りは道の駅さかい。

●データ
アルバム:北陸道・越前路一人旅02-->クリック
交通費:車(道の駅西山公園ー>浅水駅ー>道の駅さかい、30km)、あわら温泉駅ー>福井駅^>浅水駅:650円)
食費など:(2000円)、
里程:浅水駅ー>あわら温泉駅(27.4km+4km:45934歩)
北の庄城、福井城、御泉水公園、あわら市役所などで+4kmの里程を加えたが浅水駅から芦原温泉駅までGPSでは34kmあった。