あああ
プロフィール 住まい:埼玉県 性別 :男

北陸道・越中路022020年11月12日 16時29分41秒



■小杉宿ー>下村宿ー>東岩瀬宿ー>(水橋宿)ー>滑川宿
今日は快晴で暖かく歩くには絶好な天候気候だ。昨日は30km近く歩いたたので疲れた。翌日はどうかなと思って寝たが、朝起きたら元気が出てきた。今日は昨日より長く、小杉から東岩瀬までの約17kmに適当な交通手段が無いので進むしかなく、途中でやめるわけにはゆかない。東岩瀬は古い町並みが残っているようなので楽しみにしている。
明るくなると同時に道の駅おやべから小杉駅まで移動し、駅傍くのローソン脇にあるコインパーキングにくるまを入れる。

●小杉宿ー>下村宿ー>東岩瀬宿(2020-11-12)
7時20分、小杉駅から北に、昨日の本中町で旧道に戻り、右折し東に進む
射水市常盤町、街並み:
小杉宿、街並み
小杉三ケ郵便局を過ぎると右側に、相益社談発刊「開智社」跡碑がある。出版社らしい。その先左側に創業文政7年という「なかむら」料亭があり、この向かい側の奥に本陣があったようだが確認できない。
小杉宿を出て下条川を鷹寺橋で渡ると荒町で左に井口屋、右手に結城屋という江戸時代創業の酒屋、味噌やがある。この先100mくらい行ったY字路で道を間違えた。道なり進んでゆっくり右に曲がりながら300mくらい進んでしまい踏切が見えたのでおかしいと思った、北東に進むはずが南東に進んでいた。気を取り直してYj字路まで戻って旧道を北に進む。直ぐに地蔵堂が出てきたのでこの道が旧道であることを確信した。
射水市、手崎、道標(右 とやま  左 いわせ):
、「右 とやま  左 いわせ」道標

手崎郵便局の先の十字路に道標があって、左に岩瀬方面に進む。この辺りから農村地域を北東に進む。
新幹線の下、その先国道8号線をアンダーパス渡って、9時、富山市白石地区、道の真ん中に水路を残し、かつての街道のイメージを想いながら進む。
富山市、白石、街並み:
富山市、白石、街並み

白石集落から田んぼの中を500m北に進み、と9時25分下村宿。かつての宿場も、今は日本の何処にでもある農村の集落でかつての面影はほとんど無い。
射水市加茂中部、下村宿:
射水市加茂中部、下村集落の街並み
下村宿の集落を過ぎ田んぼの中を北東に1km行くと射水市本江地区。諏訪神社に曲がる十字路に道番の道標がある。ここは加賀藩と富山藩の堺だったところで道番人の番所があったという。、
射水市本江、道番の道標:
射水市本江、道番の道標

道番址から旧道は右折し東北東に向かう。土地改良で新しい真直ぐの道が2km近く続く。刈り取った後を耕運機で耕しているところに、カラスならずトンビと思われる茶色の大きい鳥が十数羽群がって虫を探している。
富山市八町、立山連峰が正面に見える:
田園の中を進む
田んぼの中の一直線道を進んでゆくと看板があり射水市から富山市に入ったことが分かる。八町の集落から北に向きを変え布目地区に進む。民家の軒先に、ムーミンやら孫悟空らしき置物を見つけた。真実の口と書いてある何処かで見かけたライオンの口のモニュメントもある。
布目から八幡地区に進み八幡宮を過ぎ、11時半神通川に掛かるはぎわら橋に到着。橋を渡ると岩瀬地区で、かつて北前船で栄えた。橋には北前船の帆のモニュメントがある。

●東岩瀬ー>(水橋宿)ー>滑川宿(2020-11-12)
神通川を渡り終えて、千原崎の交差点を左折、並行して富山ライトレールが走る。
左折して1kmくらい、岩瀬中央公園があり「御蔵跡」説明板がある。加賀藩の米蔵があったところだ。
御蔵跡:
御蔵跡
更に北に進み、突き当りに舛田酒造があり左折しすぐにまた北進する。両側趣のある建物が多い、12時30分、岩瀬宿に入った。
舛田酒造:
舛田酒造
北陸銀行、旧岩瀬銀行:
北陸銀行
森家住宅、川の流れをあらわしている畳の敷き方:
森家住宅、川の流れの畳敷き
観覧料100円を払って北前船海鮮問屋森家を訪問担当者が当時の栄華を誇った様子や贅を尽くした建物の豪華さなどを説明してくれる。秋篠宮様も訪れたという。また、森家は大蔵財閥や倉敷の大原家などとも地縁血縁があったようだ。説明してくれた人の話がうまく、北前船はそれはそれは儲かったようだ。
森家で説明を聞くなどして、予定時間を大幅に過ぎてしまった。岩瀬運河を渡って富山ライトレールの岩瀬浜駅前を通過。今日は天気が良く、どこからでも立山連峰が良く見える。
立山連峰:
岩瀬運河、立山連邦

岩瀬浜をでて道はほとんど東に進む、海側は松林が続ていて、古志の松原という。この道は源義経一行が越後直江津に向う時、通ったとガイドブックに書いてある。また街道には、かつては松並木だったとうかがわせる松の大木がところどころ残っている。
富山学園まえ、浜黒崎の松並木:
富山県立外山学園前、浜黒崎の松並木

道路の融雪パイプの試験をしているため、車が通り過ぎると水が撥ね濡れる。水撥ねを避けるため黒浜崎小学校のところから海岸線に出た。防潮堤の自転車専用道路から前方に魚津市が見渡せる。
富山市浜黒崎、自転車道:
富山市浜黒崎、自転車動から魚津市方面

14時55分、キャンプ場まで自転車道を行き、常願寺川に掛かる今川橋で北陸道(県道富山魚津線)に戻る。
今川橋を渡ると富山市水橋仲郷地区、直進しないで立山町で白岩川を渡り水神社前に出る。15時15分、神社を過ぎて左折し少し行くと尾島酒造があり、ここが水島本陣跡。
本陣跡、尾島家:
尾島家

尾島家からさらに進んで金刀比羅社を左に見て下条川を渡る。少し行って右折し東に向かい滑川宿を目指す。
水橋を出て水橋東出町、道の左側、不動尊のある高台に一里塚史跡がある。4時10分、すでに滑川市に入っている.。滑川市山王町、加積雪島神社の先、防波堤を背に資「立山・大岩道みちしるべ」がある。大岩とは「大岩山日石寺」のことで「是より四里 文化八・・」とある。
立山・大岩道みちしるべ:
立山・大岩道みちしるべ

道しるべから500m、4時15分滑川宿に入った。滑川宿の脇本陣養照寺が道路の右手奥にある。
滑川宿脇本陣、養照寺:
脇本陣、養照寺
滑川宿の街並み;
滑川宿の街並み
養照寺から街道に戻ってその先左手の旧宮崎酒造の立派な門構えがある。宮崎酒造の先300m橋を渡った先の左側にある本陣公園が滑川宿本陣、桐川家のあったところだ。
滑川宿を出て、16時30分、左側に神明町も櫟原(イチハラ)神社があって芭蕉の句碑がある。、「しはらくは花のうへなる月夜かな 」。
天候に恵まれ予定通り滑川宿まで歩けた。辺りはすっかり暗くなってきた。常磐町の滑川病院まで進んでから旧道から別れて駅に向かう。17時少し前、滑川駅に到着。あいのかせ富山鉄道で小杉駅まで戻る。
小杉駅に戻って、夕飯、明日の朝食などを買って、道の駅なめりかわに移動。

●データ
アルバム:北陸道・越中路一人旅02-->クリック
交通費:車(道の駅小矢部ー>小杉駅ー>道の駅なめりかわ、40km)、滑川駅ー>小杉駅:470円) 駐車料:500円、食費など:(1500円)、
里程:小杉宿ー>滑川宿(28.0km+4.0km:47517歩)
小杉宿を出て道を誤った、岩瀬宿散策、滑川宿から先まで1.5km歩き滑川駅へで+4.0km。

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