プロフィール
住まい:埼玉県
性別 :男
日光街道一人旅05 ― 2012年03月09日 17時46分31秒
小金井->宇都宮
-小金井->石橋(2012-03-08)
車で家を7時45分に出発。イハシでガソリン満タン、ガソリンがここにきてかなり上がってきた。前回2月22日は1L132円であったのが今日は139円だった。小金井に着いたのは9時30分になってしまった、だんだん遠くなるのでもう少し早く家をでる必要がある。
写真は自治医大駅前付近、松林が切れるあたり。一里塚のあったあたり
-小金井->石橋(2012-03-08)
車で家を7時45分に出発。イハシでガソリン満タン、ガソリンがここにきてかなり上がってきた。前回2月22日は1L132円であったのが今日は139円だった。小金井に着いたのは9時30分になってしまった、だんだん遠くなるのでもう少し早く家をでる必要がある。
写真は自治医大駅前付近、松林が切れるあたり。一里塚のあったあたり
車を姉の家に置き、歩き始めたのは9時45分になってしまった。前回の場所から500mくらい歩いて、4号線を左折して細い道に入った。車がこないので静で歩き安いが、どんどん4号線を離れてしまう。事前に調べておいたわけだが、どうやらわき道に入るのが早すぎたようだった。ただ、立派なふるさと遊歩道の案内板があったり、地ビール工場があったりし新しい発見があった。
事前調査では自治医大駅近くで4号線に出たあたりに下石橋の一里塚跡があったらしいのが見つからなかった。
石橋宿跡は特に看板など表示するものははなかった。伊沢写真館の向かい辺りにある、井沢家という表札のある門があり、その脇に昭和初期風の赤煉瓦の門と塀がある。また、明治大正時代を思わせる玄関のある古い民家を見つけた。この辺りが本陣跡と思うが何も案内板的なものがないので特定できない。
写真は石橋宿、本陣跡付近 伊沢家の門
事前調査では自治医大駅近くで4号線に出たあたりに下石橋の一里塚跡があったらしいのが見つからなかった。
石橋宿跡は特に看板など表示するものははなかった。伊沢写真館の向かい辺りにある、井沢家という表札のある門があり、その脇に昭和初期風の赤煉瓦の門と塀がある。また、明治大正時代を思わせる玄関のある古い民家を見つけた。この辺りが本陣跡と思うが何も案内板的なものがないので特定できない。
写真は石橋宿、本陣跡付近 伊沢家の門
家に帰って調べたら駐車場だったか、空き地の脇に小さな祠があって写真を撮ったところが本陣跡らしい。
-石橋->雀宮(2012-03-08)
石橋を過ぎると退屈な4号線を歩くことになる。北関東自動車道の下をくぐり、左に自衛隊の駐屯地や大きな社会保険病院などを見ながら淡々と進む。12時を過ぎ少しおなかが空いてきた。ヨークベニマルもあったがもう少し歩いて、スーパー「かましん」で昼を購入することとした。かましんで海苔巻寿司、ピザ、お菓子などを買って再び4号線に戻る。
雀宮の本陣跡は道路の反対側(右側)にある芦屋家だ。立派な門構え、真っ白い壁で美しいのだが、大きな赤い看板が角にあり風景を台無しにしてしまっている。残念だ。
後で他の人のブログを見ると本陣跡の石碑が、そばの駐車場らしい場所にあったらしいが見逃したようだ。少し進むと道路右側に雀宮神社がある。ちょうどベンチも在るので、先ほど購入した昼を食べる。雀宮神社のところに日本橋から100kmの国道道路標識がある。
-石橋->雀宮(2012-03-08)
石橋を過ぎると退屈な4号線を歩くことになる。北関東自動車道の下をくぐり、左に自衛隊の駐屯地や大きな社会保険病院などを見ながら淡々と進む。12時を過ぎ少しおなかが空いてきた。ヨークベニマルもあったがもう少し歩いて、スーパー「かましん」で昼を購入することとした。かましんで海苔巻寿司、ピザ、お菓子などを買って再び4号線に戻る。
雀宮の本陣跡は道路の反対側(右側)にある芦屋家だ。立派な門構え、真っ白い壁で美しいのだが、大きな赤い看板が角にあり風景を台無しにしてしまっている。残念だ。
後で他の人のブログを見ると本陣跡の石碑が、そばの駐車場らしい場所にあったらしいが見逃したようだ。少し進むと道路右側に雀宮神社がある。ちょうどベンチも在るので、先ほど購入した昼を食べる。雀宮神社のところに日本橋から100kmの国道道路標識がある。
-雀宮->宇都宮(2012-03-08)
雀宮を出ると退屈な4号線を再び淡々と歩く。江曾島の一里塚がある地点に近づいてきた。信号機に「一里」と書いてある交差点にでたが、付近にはそれらしい物はない。ただ、「ichiri」と大画した食料品店が傍にあるだけだった。宇都宮はあまり歴史的遺産の保存に力を入れてないように感じる。
宇都宮が近づき道は4車線になり、だんだん車が増えてきた。また、このあたりから電柱もなくなり街並みがきれいになってきた。4号線は右に大きくカーブしているが、日光街道はそのまま直進する。日光(後で分かったが、旧今市市のこと)まで31kmという看板が、道路上の真上に出てきた。
Y字路になっているところに不動堂が正面に見えた。Y字路を左側の狭い方の不動通りを進む。東武線のガードを渡ると右側に蒲生君平の勅セイ碑がある。蒲生君の名前は知っていたがどのような人か知らなかった。
さらに道の反対側、奥100mに大きな木が見えた。たぶんオオケヤキだろうろ思いながら行ってみる。「とちぎ名木百選、新町のけやき」と書いてあった。跡で宇都宮城にいったとき、そこにいた人が話してくれたことだが、この木の下で立松和平が地元の小学生に授業をしたそうだ。
雀宮を出ると退屈な4号線を再び淡々と歩く。江曾島の一里塚がある地点に近づいてきた。信号機に「一里」と書いてある交差点にでたが、付近にはそれらしい物はない。ただ、「ichiri」と大画した食料品店が傍にあるだけだった。宇都宮はあまり歴史的遺産の保存に力を入れてないように感じる。
宇都宮が近づき道は4車線になり、だんだん車が増えてきた。また、このあたりから電柱もなくなり街並みがきれいになってきた。4号線は右に大きくカーブしているが、日光街道はそのまま直進する。日光(後で分かったが、旧今市市のこと)まで31kmという看板が、道路上の真上に出てきた。
Y字路になっているところに不動堂が正面に見えた。Y字路を左側の狭い方の不動通りを進む。東武線のガードを渡ると右側に蒲生君平の勅セイ碑がある。蒲生君の名前は知っていたがどのような人か知らなかった。
さらに道の反対側、奥100mに大きな木が見えた。たぶんオオケヤキだろうろ思いながら行ってみる。「とちぎ名木百選、新町のけやき」と書いてあった。跡で宇都宮城にいったとき、そこにいた人が話してくれたことだが、この木の下で立松和平が地元の小学生に授業をしたそうだ。
不動通りから蓬莱大黒通りに入って間もなく、左側に熱木不動尊がる。ここから右折し、日光街道を離れて寄り道になるが宇都宮城に向かう。1kmほど東に行って、市役所の裏手に宇都宮城がある。まだ新しいくて大変きれいに整備されている。駐車場も大きくて、市役所と共通で無料だ。本丸跡をコの字型に高さ5,6mの土塁が囲んでいる。土塁の両端近くには真っ白い櫓が建っている。
写真は裁判所のななめ向かいにある本陣跡碑
宇都宮城を後にして再び西に向かい、そして裁判所を目標に北に進む。こんどは宇都宮本陣跡を目指す。元の旧日光街道には戻らず、東武宇都宮駅前から馬場通りにでて、それらしきものを探すが何もない、裁判所前のT字路付近も探すがやはりなかった。ようやく、あったのは追分、本陣跡を示す幅20cm、高さ150cm位の標識。街並みを乱さないように建っているが、もう少し旧所整備の方法があると思う。
次回のことを考え、もう少し先まで歩くことにして清住通り(日光街道)に入る。ここは歩道がなく狭い、結構車が多いので歩きにくい。
右側に外環は土蔵造りの小奇麗な小物を打っている店があった。外に「最中」が何とかと書いてあったので中をのぞく。焼き物などが並べてあり、奥の方では喫茶のようになっている。少し眺めていると店員が最中ですかというので、そうだと言って最中を2袋購入。
日光街道は桜通りと合流し大きな2車線の通りなる。かなり疲れて来たので、今日の終点を考えながら進むと陸橋に県体育館と書いてある。体育館に入ると大きな駐車場と、小さいが公園、トイレなどがある。次回のスタート地点としては申し分がない。今日はここで引き返すことにする。
右側に外環は土蔵造りの小奇麗な小物を打っている店があった。外に「最中」が何とかと書いてあったので中をのぞく。焼き物などが並べてあり、奥の方では喫茶のようになっている。少し眺めていると店員が最中ですかというので、そうだと言って最中を2袋購入。
日光街道は桜通りと合流し大きな2車線の通りなる。かなり疲れて来たので、今日の終点を考えながら進むと陸橋に県体育館と書いてある。体育館に入ると大きな駐車場と、小さいが公園、トイレなどがある。次回のスタート地点としては申し分がない。今日はここで引き返すことにする。
バスで宇都宮駅まで行き、16時55分の逗子行きのJR普通電車で小金井駅まで、そこから歩いて姉の家まで歩く。家に着いたのは19時15分になっていた。だんだん家から遠くなるので、次回はもっと早く家を出ることにする。
-データ

交通費:体育館->宇都宮駅(200円)、宇都宮->小金井(400円)
食事等:鉄火巻、お菓子、水(602円)、最中(500円×2)
里程、万歩計:小金井->石橋(6km:7383歩)、石橋->雀宮(6km:8184歩)、雀宮->宇都宮(体育館)(11km:22257歩)
時間:6.5時間





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