プロフィール
住まい:埼玉県
性別 :男
北国街道・松代道一人旅03(村山駅から、長沼宿) ― 2017年11月02日 18時32分51秒
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●村山町交差点(村山駅)->長沼宿->神代宿->平出追分
(2017-11-02)
午前6時、前日駐車券を買っておいた村山駅前の駐車場に車を止める。駅前から国道406号に出て、長さが1kmもある村山橋でて千曲川を対岸に渡る。橋を渡り下流、北方向に長沼宿はあるが、土手添いの細い道を南に進む。村山の道標と小坂邸を見に行くためだ。川の右岸の集落村山駅側)を山村山、左岸の集落を里村山と呼ぶ。道標は村山神社の鳥居の近くにあり表面には線刻の仏絵が彫ってある。
村山の道標(東ハ北国ゑちご飯山 西ハ善光寺戸隠):
神社から100m進むと右前方リンゴ畑越しに茅葺の大きな屋根が見えてくる。小坂家は松代藩領村山村の名主であり、外務大臣などを歴任した小坂善太郎を輩している。
小坂家長屋門:
ひときわ目立つ主屋の屋根:
道を戻り村山橋の取り付け道路の下をくぐって長沼宿を目指す。長沼宿では、本陣家に匹敵するような大きな旧家は進行左側に2、3軒確認できる。7時30分長沼神社。ガイドブックによれば、神社の手前辺りの右側に本陣家が在るはずだが、本陣家を確認することができなかった。
宿場を直進すること300mくらいで北の枡形に林光院、ここに長沼の道標(右ハゑちご道 左ハせんく王うし道)がある。
長沼道標:
枡形をでてさらに10分ほどで集落を抜けるとリンゴ畑に中を進むことになる。この辺りに長沼城があった。道筋に何度も城割の図面を表す看板が出てくる。今は一面のリンゴ畑だ。
長沼城址の図:
かつての長沼城内、リンゴ畑の中を進む:
リンゴ畑を抜けて赤沼集落に出る。Y字路に道標があり旧道は直進、右進むとに赤沼公園がある。8時20分、公園に寄って、持参したおにぎりを食べ小休止をする。
旧道に戻り赤沼公会堂前、「長野県りんご発祥の碑」がある。そこの駐車場広場の一角に一茶の句碑がある。ここまで道すがら数か所で一茶や門人・弟子?の句碑があった。ガイドブックによれば、この地で江戸後期俳諧が流行し、一茶の門人も住んでいたようだ。赤沼公会堂、一茶句碑:
旧道は赤沼交差点で国道18号に出るがそのまま直進する。新幹線の手前左側に、千曲川洪水の歴史を表した水位標がある。一番高いところは4m以上もある。先ほど通ってきた長沼宿の電柱に過去には5mまで洪水があったという看板が付けられていた。
歩き始めて3時間近たち疲れてきた。地図を見ながら北進し豊野駅、神代宿方面に向かう。信越線の踏切を渡って、駅前に出ようとしたらフェンスがあって行止まり、やむなく戻ることになった。
お腹も空いたしトイレにも行きたい。スマフォで探すと長野方面に7、800m離れてコンビニがある。この先神代宿を出ると山道を登ることになり、食べ物屋などはない。ここはゆっくり休憩すべしと考え、進む方向とは真反対方向のコンビニに向かった。
十分休憩し、腹ごしらえをして再び神代宿に向かう。信越線の跨線橋を渡って神代宿に入った。豊野地区案内図というものがあるんだが、宿場の案内図でないので進むべき方向や、自分の位置がはっきり確信が持てない。
9時45分、案内図を頼りに神代宿に入った。宿場の名残りとしては、よく判読できない道標(これより右せんく王じミチ)と番所跡碑を確認出来ただけだった。
神代宿を出て観音堂の脇を左に回りながら、緩やかな上り道を行く。上組公会堂の手前につつじ山道標があり、この手前、左に細道を進む。
つつじ山道標:
つつじ山道標で休憩したとき、カメラを地面に落としてしまい、カメラの調子が悪くなった。神代坂の大石をカメラに収めたんだが、家に帰ってみると写っていない。
大石を過ぎて、ヒイヒイいいながら20分くらい急な坂道を進む。ようやく10時20分、広い舗装道路に出た。今は旧道は存在しないので舗装道路の通りにゆっくり遠回りしながら白坂峠の一里塚を目指す。
11時5分一里塚着。ここまで来ると道は平たんになる。西側の塚は残っているが東側の塚は道路拡張で失われてしまった。
白坂峠一里塚:
一里塚を過ぎると道は平坦になる。新白坂峠を過ぎて平出地区に入った。間もなく昨年来た北国街道とは追分で合流だ。合流して追分のところに長沼道道標が在るはず。しばらく辺りを探してもなかなか見つからない。地元の婦人がいたので聞いてみた。すると先ほどの松代道に戻って、角から2軒目の家に移動して、そこにあるはずだという。なぜ1件目でなく2軒目なのか?。しかもその家の街道を入って10mも奥にあった。
長沼道道標(左長沼みち 右善光寺みち):
11時20分に追分に着いたんだが、以前の事が懐かしくて、北国街道を長野方面に行って見たり、牟礼宿の方に行って見たりした。
道標を探しているうちに11時24分発の長野駅行きのバスが行ってしまい、11時47分発の牟礼駅行きに乗って牟礼駅から帰る。
牟礼駅から信越本線北長野駅、歩いて長野電鉄信濃吉田駅、村山駅の順で車に戻った。お土産を買うため「道の駅、小布施」にいってリンゴとワインを買う。その後川中島古戦場に行ったあと、東御湯楽里に風呂に入って道の駅雷電で車中泊、翌日熊谷でラーメンを食べたあと家に戻る。
●データ
アルバム:北国街道・松代道一人旅03<--クリック
交通費:車(道の駅「小布施」->村山駅、村山駅->道の駅「小布施」->川中島古戦場->東御「湯楽里」->道の駅「雷電」->道の駅「めぬま」->家、250km)、
バス(平出->牟礼駅:190円)、電車(牟礼駅->北長野駅:330円、信濃吉田駅->村山駅:240円)、村山駅駐車場、330円、食費など:夕食・朝食、飲料(112日+11月1日:2500円)、風呂:500円)、みやげ(りんご、わいん、山芋:3500円)
里程、万歩計:村山駅ー>平出追分(14.8km:23952歩)














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