プロフィール
住まい:埼玉県
性別 :男
中山道一人旅04(芦田宿から) ― 2012年09月21日 20時20分57秒
■芦田宿(立科町)->和田宿(観音沢)

立科町(芦田宿)と長和町(長久保宿)の間に笠取峠がある。この両町の間の交通手段としては通学者御用達とも言える、1日1往復のバスしか無い。朝、長久保バスターミナル発で蓼科高校前行き、夕方蓼科高校発で長和行きだけしかない。このため一度長久保宿まで歩き、朝のバスで立科町戻り自分の車で長久保までまた進めることにした。
長久保から先は普通和田宿泊りが一般的で往時もそうしたようだ。和田宿と次の下諏訪宿までは22km、しかも中山道では碓氷峠と並び最難所のひとつ和田峠(1600m)を越えなければならない。次回の里程を出来るだけ短くすることを考慮し、和田宿の先は歩けるところまで行くことにする。
長久保から先は普通和田宿泊りが一般的で往時もそうしたようだ。和田宿と次の下諏訪宿までは22km、しかも中山道では碓氷峠と並び最難所のひとつ和田峠(1600m)を越えなければならない。次回の里程を出来るだけ短くすることを考慮し、和田宿の先は歩けるところまで行くことにする。
-芦田->長久保(2012-09-21)
車の中、昨夜は比較的暖かかったが、朝方は肌寒くて4時前に起きてしまった。権現の湯駐車場を5時ちょうどに出発。辺りはまだ真っ暗、前日は快晴だったが今朝は曇りで星は見えない。
街灯を頼りに国道142号に出て芦田宿西入り口交差点まで15分、ここからが中山道。すぐに斜め右方向の遊歩道へ。整備されている笠取峠松並木道を歩む。両側に大きな松があり、片側には石を敷き詰めた深さ50cm、幅70cmくらいの堀がある。当時の街道筋を思い描きながら進む。
写真は笠取峠の松並木、暗いので写真ではよくわからない
車の中、昨夜は比較的暖かかったが、朝方は肌寒くて4時前に起きてしまった。権現の湯駐車場を5時ちょうどに出発。辺りはまだ真っ暗、前日は快晴だったが今朝は曇りで星は見えない。
街灯を頼りに国道142号に出て芦田宿西入り口交差点まで15分、ここからが中山道。すぐに斜め右方向の遊歩道へ。整備されている笠取峠松並木道を歩む。両側に大きな松があり、片側には石を敷き詰めた深さ50cm、幅70cmくらいの堀がある。当時の街道筋を思い描きながら進む。
写真は笠取峠の松並木、暗いので写真ではよくわからない
松並木公園の説明板では、「中山道整備のために幕府から小諸藩に下付された赤松数百本植えたもので、以後小諸藩が補植、保護を続けてきた。中山道、笠取峠の松並木は、中山道の名所と知られ旅人の目を楽しませた」というようなことが書いてあった。
5時40分ころ松並木公園を過ぎると国道にいったん出る。道は国道を横切ってさらに続く。300mほどでまた国道に合流する。松並木公園に入ったころから降り出した雨は、だんだん高度を増すごとに強くなってきた。
5時40分ころ松並木公園を過ぎると国道にいったん出る。道は国道を横切ってさらに続く。300mほどでまた国道に合流する。松並木公園に入ったころから降り出した雨は、だんだん高度を増すごとに強くなってきた。
ときおり大型トラックが行き交う雨の中を1.5km上ると峠の少し手前、反対側に笠取峠の一里塚跡の石碑があったので写真に撮る。6時5分峠に到着。まだ、峠の茶店は当然オープンしていないので、ベンチで下で雨宿りしながら小休憩。7時45分のバスに乗るのであまり休んでもいられない。
写真は中山道原道、ガードレールの向こう側を右に下る
写真は中山道原道、ガードレールの向こう側を右に下る
峠を過ぎ国道をどんどん下る、歩道もあり安全で下りは断然いい。右手に中山道の標識があるのでこちらに向かう。ここから中山道は旧国道142号になり、センターラインもない狭い道。さらに旧国道から急坂を下るショートカットの中山道原道がある。原道は標識があるので間違わないで進んで行ける。ただ雨でぬかるんでいるので滑らないようにしないといけない。
写真は一福茶屋
長久保の松尾八幡神社の森が見えるあたりに来ると、6時45分心配した雨が小雨になって来た。前方に「是より長久保宿」と書いた大きな木のポールが建っている。神社の鳥居の前を道なりに進むと宿場。ここも家々には屋号の看板が掲げてある。
本陣石合倉家、一福処濱屋(明治時代に立てられた旅籠、時代遅れで営業することはなかった)、商家、問屋などが古建築物が数かづある。突き当りの角、手前に今も営業中の木造3階建、濱田屋旅館がある。バスターミナルは突き当りを右手50mにあるのを確認し、時間まで少しあるのでさらに近くを歩いてみる。後で車を止める場所も見つけた。
7時45分、小学生や高校生に交じってバスに乗る。バスは町内をぐるりと回って、8時20分蓼科高校に到着。朝方降っていた雨はもう上がっている。そこから車のある権現温泉まで1km。8時40分なので往復3時間40分かかったことになる。
本陣石合倉家、一福処濱屋(明治時代に立てられた旅籠、時代遅れで営業することはなかった)、商家、問屋などが古建築物が数かづある。突き当りの角、手前に今も営業中の木造3階建、濱田屋旅館がある。バスターミナルは突き当りを右手50mにあるのを確認し、時間まで少しあるのでさらに近くを歩いてみる。後で車を止める場所も見つけた。
7時45分、小学生や高校生に交じってバスに乗る。バスは町内をぐるりと回って、8時20分蓼科高校に到着。朝方降っていた雨はもう上がっている。そこから車のある権現温泉まで1km。8時40分なので往復3時間40分かかったことになる。
-長久保宿->観音沢(和田峠のぼり口の手前)(2012-09-21)
車で長久保宿に戻ったのは9時、バスターミナルの近くの保健福祉総合センターに車を止める。事務長さんらしき人に駐車の断りをすると快く承諾してくれた。ついでにトイレも借りて9時10分歩き始める。
車で長久保宿に戻ったのは9時、バスターミナルの近くの保健福祉総合センターに車を止める。事務長さんらしき人に駐車の断りをすると快く承諾してくれた。ついでにトイレも借りて9時10分歩き始める。
長久保宿を出て、中山道は2km位国道142号を歩く。水明の里という芝生がきれいな公園があり、中山道はここから国道と分かれる。車も通らない気持ちのいい田んぼ道。
朝方は結構強く降っていた雨もすっかりあがり、今は日差しが強く熱い。しかも空気が乾いていて、風も少しあるので歩くには気持ち良い。
長久保を出て1時間、下和田中組という集落あたりから少しずつ上りになる。道端、家の庭角などにごく自然に馬頭観音、道祖神、大日如来、水神など多くの石仏がある。参勤交代の大名、例幣使(朝廷の日光参拝の公家)、皇女和宮、さらに水戸の天狗党、島崎藤村の父、そのほか名もない何万、何十万の旅人がここを通過した。石仏たちがその姿を見送っただろう思うと歴史の厚み重みを感じるし、自分もこうして同じ場所にいると思うと感慨深いものがある。
写真はみみず道祖神?
朝方は結構強く降っていた雨もすっかりあがり、今は日差しが強く熱い。しかも空気が乾いていて、風も少しあるので歩くには気持ち良い。
長久保を出て1時間、下和田中組という集落あたりから少しずつ上りになる。道端、家の庭角などにごく自然に馬頭観音、道祖神、大日如来、水神など多くの石仏がある。参勤交代の大名、例幣使(朝廷の日光参拝の公家)、皇女和宮、さらに水戸の天狗党、島崎藤村の父、そのほか名もない何万、何十万の旅人がここを通過した。石仏たちがその姿を見送っただろう思うと歴史の厚み重みを感じるし、自分もこうして同じ場所にいると思うと感慨深いものがある。
写真はみみず道祖神?
和田村ではやたらとミミズにかかわる看板が目立つ。ミミズは農業には欠かせない生物だという。ミミズの道祖神?が有名で、皆さんのHPやブログに写真がある。比較的新しく赤や青の絵の具が残っている。どこかユーモアもある。
12時ちょうど和田宿に到着、かなり疲れたが当初の最低目的は達成だ。和田宿は11月に和宮が宿泊する予定地であったが、その前3月に火事でほとんどが消失した。和宮のために幕府の拝借金で急遽本陣他宿場を建て直した。現在資料館になっている本陣は再建したものだが、その先には脇本陣(翠川家)があってそれは当時のものらしい。
写真は脇本陣翠川家
本陣や脇本陣は保存復元がされ、この辺りに電柱もなくきれいに整備されている。残念なのは、これら以外に江戸時代の建築であろうと思う、非常に大きくて豪華だったと思うものが今にも崩れかかっ状態に放置されている(本亭、旅館)。また、「よろずや」という看板を掲げた商家は今も雑貨店、食料品店を営んでいる。残念にも原色のショーケースやビールケースがようなものが店先にそのまま並んでいる。
前日も思ったが何とかこういうところに予算を付けてもらいたい。個人では傷んだ建物の修復は到底無理。昨日今日見てきた本陣家跡、庄屋跡、問屋跡、酒蔵など、建物、門、屋敷など、人が住んで、しかも綺麗に維持されているものが多い。これらが全て個人に任されているのであればに維持するには相当のご苦労が想像できる。
和田宿ステーションで昼食。和田ステーションは道の駅みたいなところで、みやげ物や地元の野菜などを売っている。国道を挟んで木造の大きな歩道橋がある。歩道橋に登ると、雲もなく山と山の間に目指す和田峠方面が遠くまで見渡せる。ここは標高800mの標識がある。
和田宿を出て集落の中をしばらく、のんびりと歩く。中山道は鍛冶足の交差点で国道を斜めに横切る。ここに和田一里塚跡の碑がある。この辺りは標高900m位か、ズート上り道、疲れが出てきているので辛い。旧中山道は鍛冶足交差点から左に入るが500m位で急坂を駆け上がり国道にでる。
国道は相変わらずトラックがぶんぶん飛ばして行く。この辺り歩道がないので気を付けないと危険だ。時には斜面に手をついて車をよけなければならない。単調な国道を2km位行きドライブイン和田屋(廃業)まで来ると歩道があるので気も楽になって歩ける。ドライブインの前の杉野屋の自動販売機でスポーツドリンクを購入し魔法瓶に入れた。熱いのでどんどん水分を取る。いくらでも飲める、辺りに民家がなくなり、この先に自動販売機があるか心配になった。先ほどもう1本買うか迷ったのを後悔するが遅い。
中山道は唐沢集落入り口で、国道を離れて左の斜面を上がって行くのが正しい。これには、50m位国道を右に下り唐沢集落に入ってから気づいたがもう戻る元気はない。集落の中に自販機を探したが全くそれらしい気配もしない。後で調べたら左に入って行く方の道の出口近くに唐沢の一里塚があったらしい。
中山道は唐沢集落入り口で、国道を離れて左の斜面を上がって行くのが正しい。これには、50m位国道を右に下り唐沢集落に入ってから気づいたがもう戻る元気はない。集落の中に自販機を探したが全くそれらしい気配もしない。後で調べたら左に入って行く方の道の出口近くに唐沢の一里塚があったらしい。
唐沢のバス停で戻りのバス時刻を見ると、長久保行きが14時26分にある。今13時50分、何とか次の観音沢、その先の男女倉(ここが和田峠の入り口)まで行きたいが、咽喉も渇く。もう水がない、足が棒にになってきた。バスに乗り遅れても良いと思いながら、次回の開始位置を出来るだけ先(峠に近く)にしたいと、考えながらゆっくり歩き始める。
観音沢のバス停の近くで巡回バスに追い越された。時刻は14時8分、先ほど追い越したバスがまた戻って来て帰りのバスになるはず。ここから後1kmで男女倉バス停だ。
観音沢のバス停の近くで巡回バスに追い越された。時刻は14時8分、先ほど追い越したバスがまた戻って来て帰りのバスになるはず。ここから後1kmで男女倉バス停だ。
水も無いし足も棒になって歩幅が小さいし、ふらふら、今回は観音沢バス停でギブアップこのバスを見逃すと次は17時06分までなく、3時間待ちになってしまう。乗客は当然私し一人、和田宿でおばあさんが一人乗ったが、長久保までは行かず途中で降りてしまう。
食糧費:パン(2個:200円)、飲料水(2本、270円)、てんぷらそば(800円)、まんじゅう(2個、200円)、土産(リンゴ、500円、アユから揚げ、500円)
里程、万歩計:芦田宿->長久保宿(->バス->)蓼科高校->権現の湯(6.7km、:13782)、長久保宿->和田宿->(観音沢)(14km、22941)









最近のコメント